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グローバル・ネットワーク21
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グローバルネットワーク21『ブラック・アテナ』出版記念シンポジウム 
 京都タワーホテル 200758

「ブラック・アテナとキャノン論争」

ユーチェン・リー(台湾・中央研究院)

通訳:山本 伸(四日市大学)

はじめに、このたびの『ブラック・アテナ』出版に関する翻訳者/出版社への祝辞を述べたいと思います。本書の刊行は偉業で賞賛に値するものであります。次に、本シンポが的確で示唆に富む幸泉氏による基調講演によって幕を開けたのは誠に喜ばしいことであります。幸泉氏のレジュメからは大いに学ばせていただきました。とくに『ブラック・アテナ』の批評のまとめは抜群で、おかげで私は手間を省くことができました。私とこの本の出会いは出版後一年の1988年、ノースカロライナ州のデューク大にフルブライトで行っていたときのことでありまして、折しもアメリカは文化戦争およびキャノン論争の真っ盛りでした。当時はそれまでの批評理論や文学教育の見直しにも拍車のかかった時期で、抑圧された文学の掘り起こし、主流文学の見直し、既成のカリキュラムの改編、文学史の見直しが行われていました。ベル・フックスいわく、「差異の認識」の時代でした。Race, class, gender, sexuality, ethnicityといった言葉が日替わりで流行になると同時に、読者や批評家は受容の「境界」を押し拡げることを求められる時代でもあったのです。

1988年は、トニ・モリスンがミシガン大で著名な「語られざる、語りえぬものーアメリカ文学における黒人文学の出現」を講演した年です。本人は「大砲のえじき」と謙遜しつつも、当時のキャノン論争への問題提起をしたのです。モリスンいわく、「現在の文学およびその批評が、思想や方法論が白人中心のものであった1965年と同じなどと信じるものはもはやいない」。「白人」とか「人種」といった概念がマジメに議論に乗るようになったことに安堵感を示したモリスンでした。

バナールの『ブラック・アテナ』の議論はさらに詳細で示唆に富み、とても一言ではまとめられませんが、これも1980年代から90年代のアメリカの文化戦争、キャノン論争という文脈のなかに位置づけることが重要です。言うまでもなく、それは「批評の見直し論」であります。バナール主張の、アーリアモデルの修正古代モデルへの転換は、西洋文明に対する革新的オルタナティブを提起させるもので、単純に言えば、バナールのモデルは「一方で古代ギリシャにエジプト人とフェニキア人が古代ギリシャに多大なる影響を与えたとし、他方ではギリシャ語は紛れもなくインド・ヨーロッパ語である」とするものです。その理論的ベースは、紀元前2千年期には古代エジプト、ギリシャ、およびエーゲ海、東地中海世界が互いに交流していたという事実にあります。アーリアモデルは、そのような古代の西洋で盛んに行われていた交流や民族移動の史実に注意を払わなかったという点で問題です。バナール説明によるアーリアモデルの起こりは、人種主義と「大陸至上主義」といった外的要因です。古代モデルは、説明に窮するような内的要因はありませんでした。つまり、西洋古代文明観はここわずか200年足らずの政治的、思想的思惑の産物であって、言い換えれば、政治的、思想的思惑抜きの歴史学はありえないということなのです。事実、バナールは第二巻でこの点に一歩踏み込んで、西洋古代史を書き換えるべく、あらゆる角度からアーリアモデルの矛盾を突いています。

バナールは、第一巻の序文でトマス・クーンの『科学革命の構造』から次の言葉を引用しています。「必ずと言っていいほど、パラダイムを根本的に変容させるのはそのパラダイムに対してほとんど新参の、若い世代である」。ある意味、アマチュアリズムの正当化がそこにあるわけですが、バナールの『ブラック・アテナ』でもそのことが多く例証されています。本書の原動力は、中国学の学者、政治学の教授、西洋文明の部外者であるバナールの力強いアマチュアリズムにあります。サイードは、「特定の方向性や恣意性に縛られることのない自由さと、利益や見返りの絡まない純粋な愛情と関心によって呼び起こされた願望」、言い換えれば「損得の狭い了見ではなく、広い愛情に裏打ちされた行為」と言いました。同じくサイードの言葉に次のようなものがあります。「バナールは既成の歴史的、言語的概念を完全にひっくり返す類の研究者である」。バナールも、そのこと(=アマチュアリズム)を自ら意識していました。バナールは、次のように述べています。「専門家の意見にはっ身を傾け、敬意を払うべきだが、必ずしもそれが究極の答えとは限らない」。「生涯をかけた専門家がずぶの素人より物知りであることは当然であるかのようだが、必ずしもそうでないこともある。パースペクティブ(=目の付け所、視野の広さ)という観点では、むしろ後者であるアマチュアのほうが有利である場合もある。アマチュアにはアカデミズムは手伝えないという神話がある一方で、彼らはその神話をしばしば崩してきた」。

事実、バナールによる古代西洋文明史の書き換え、およびそこにはアフロ・アジア的なルーツがあるという注意喚起は、トマス・クーンの有名な言葉であるパラダイム・シフトを、少なくとも古代史研究という分野において成し遂げたことになります。クーンの理論の詳細は避けますが、彼によればパラダイムとは「さまざまな概念的、観察的、方法論的理論における反復的で準標準的な例示の集合体」ということになります。「科学者集団のパラダイムは教科書、講義、実験で示され、それらを研究、実践することで集団はそれら(パラダイム)を取引することを学ぶ」ということ。つまり、パラダイムとは科学者集団内での基本的な理論、手法、仮説等のコンセンサスなのであります。このパラダイムのデザインを基に、あらゆるパズルを解くことが一般的科学者の役割であって、クーンいわく、学者は「パズル解き(=パズル・ソルバー)」ということになります。

そういうモーティブで科学(者)は前進するのです。つまり、科学的革新=パラダイム・シフトを引き起こすのです。しかし、同じくクーンいわく、「既成のパラダイムでは解けないパズルもある」。となると、パズルは変則的になります。一般的には、変則性が既成のパラダイムを脅かす必然性はありません。むしろ逆に、その変則性に気づくことで科学的な発見がなされるのではないかと考えました。しかし、変則性がマジョリティになると、既成のパラダイムへの猜疑心が起こります。結果、パラダイムの危機が訪れます。その危機を取り繕うために、科学者は既成のパラダイムを調整したり、新たなパースペクティブや方法論を考え出したりして、結果、既成のパラダイムは再検討されることになるのです。新しいパラダイムが生まれ、古いパラダイムは崩れていきます。新しいパラダイムは新たな正規の科学を芽生えさせ、これが、クーンいわく、科学革命の完結なのです。

バナールの野心的企てが西洋文明に対する見方を根本的に変えることはないかもしれませんが、学者が答えないわけにはいかない問いを投げかけたという意味では大成功だったといえましょう。まさに、西洋古代文明史研究におけるパラダイム・シフトを引き起こしたのですから。これぞ『ブラック・アテナ』の特質であり、モリスンが「キャノンを揺り動かした本」として本書をイヴァン・ヴァン・セルティマの『彼らはコロンブスよりも先にやってきた』とエドワード・サイードの『オリエンタリズム』と並び称している理由なのです。数多くの反論や批判にもかかわらず、モリスンがバナールの本を賞賛するのは、いわゆる分析を進める上であらためて示した「証拠の重さ」のためであります。モリスンは、「もっとも印象的だったのは古代ギリシャの捏造の【過程】とその【動機】。後者は純潔概念、前者は資料の誤解釈と(われわれの)沈黙が原因」と述べました。彼女はまた、「沈黙は破られ、失われたものは発見される」とも言いました。モリスンはバナールらによるキャノンへの問いかけを歓迎し、「かつての語らざれるものは、いまや語りえるもの」と称えたのでした。『ブラック・アテナ』はまさにそのとおりの役割を果たしました。

このモリスンのバナール論を締めとして、私の話を終えたいと思います。再度、『ブラック・アテナ』出版を果たした皆様に心よりのお祝いを申しあげます。ありがとうございました。

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