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*書評*

「私の読書日記 九・一一、黒いアテナ、人類の足跡」(抜粋)

                                    立花隆

「×月×日

ついに、マーティン・バナール『ブラック・アテナ 古代ギリシャ文明のアフロ・アジア的ルーツ T古代ギリシャの捏造 1785〜1985』(新評論 6500円+税)が出た。

 「ついに」というのは、この本、実は原書の諸般が出たのは二十年も前なのだが、欧米では出るとすぐに大変な論争(ブラック・アテナ論争)を巻き起こした評判の本なのだ。

日本では、十年前からこの本の翻訳をはじめたのに、翻訳に延々手間取っている間に、原書第二巻のほうが、別のタイトル『黒いアテナ』(上巻4800円+税 下巻5600円+税)で藤原書店から先に(2004年)出てしまうという妙なことになった。

そのときから注目はしていたが、やはり第一巻の内容豊富な序章から順に読んだほうが全体構想がわかってすっきりする。

なぜこの本がそれほど評判になったのかというと、西洋古代史の見方がこれで根本的に逆転されてしまったからだ。

いまでも歴史の教科書はギリシャ文明から説き起こされ、ギリシャ文明は、北方からギリシャに入ってきた白人系のアーリア民族が作ったものとされている。

しかし、バナールにいわせると、ギリシャ文明の起源は黒褐色系のエジプト文明、フェニキア文明(セム系・ユダヤ人系)にある。つまり西欧古典文明は、アフロ・アジア的ルーツを持つのだ。

それがなぜアーリア系にされてしまったのか。十九世紀ヨーロッパに広まっていた反ユダヤ主義とアーリア人を優越人種とする人種差別思想の故だという。

黒いアテナ仮説から、かねて歴史の謎とされてきた、アトランティス伝説、モーゼがいかにして出エジプトで公開を開いて渡ったかなど、思いがけないところに筆が飛ぶが、それがみんな面白い。

ともかくこれは、歴史というものを見る目を全く新しくさせてくれる本である。」

 

 

『週刊文春』2007年9月27日号(151頁)掲載
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