『ブラック・アテナ』という表題。668ページ。副題が「古典的文明のアフロアジア的ルーツ」(邦訳では、CLASSICAL CIVILIZATION
を古代ギリシア文明としているが)。著者はマーティン・バナール・コーネル大学教授。1937年生まれ。
監訳者の畏友片岡幸彦氏が4月25日に「謹呈」として贈ってくれたのでした。女性史の先駆者という人が書評で書いたとのことですが、「本書は組み立ても悪く、気の長くなるほど繰り返しが多く、さらに専門的で詳細な史料に覆われており、一般の読者や素人には勧められる書物ではない」と、わたしも思うのです。人名・地名・言語名・民族名・書名、そして紀元前・後○○年の頻出。実に多くの学者の諸説の紹介と批判的考察。
読んでいません、数えただけですが、「参考文献」は全部で981点、「原注」の総計1330件。度肝を抜きますね。圧倒されますよ。
根気めいたものが息づいたとすれば、「ブラック」、つまり「黒人の」があるゆえです。多少ともアフリカ系アメリカ人の歴史と文学を勉強してきましたし、白人優越主義の罪過の根深さと大日本帝国のアジア人蔑視とが重なって、わたしの歴史認識と世界観・人間観は豊かになったのでした。片岡氏との繋がりのありどころです。
理解しようという努力をしばしば放棄したくなり、実際、数ページを飛ばすこともたびたびのこと。打ち明けますと、便座に腰を下ろしているあいだが、この本を読む時間でした。読みやすい本は一気に読み通しますが、少し硬質のものは、二、三冊をかわるがわる読み進める式なのです。やっとこさ、きのう、4カ月かかって読了しました。『原注』と「参考文献」が未読ですが。
ギリシア文明こそはヨーロッパ、ひいては広く西洋文明の起源である、とわたしなども教えられてきました。しかし、著者バナールは、西洋文明の始まりが、人種的には黒人に属すと見られるエジプト人とユダヤ人系のフェニキア人の貢献によって形成されたと主張するのです。
当然、彼の所説に対する批判ないし攻撃は激しいですよね。学問研究は生身の人間がするのですから、その人の価値観が反映します。核兵器を作る科学者の価値観の是非を問わねばなりません。
歴史学でも分析・選択・解釈の視点が問われます。
バナール教授のこの著作に学問研究する者が担うべき責務と尊厳を感じ取ります。凄い学者で凄い書物です。お礼を言わねばなりません。
日本への言及に注目します。235「ある外来の技術、思想、美的スタイルに数え切れないほどの質的な改良が加えられ、その結果としてそれらは初めて優れたものとして生まれ変わった、などという言い方が通用するのは、おおむね文化的周辺国、たとえばイギリス、ドイツ、日本、コリア、ベトナムなどに決まっている。外国からの借用が圧倒的なために、こちらの方が飲み込まれてしまいそうになったり、既存の文化序列や人種的優越感に亀裂が生じかけると、自己の文化的プライドを守らなくてはならなくなる」。プライドを国粋主義に求め愛国心という名で粉飾する詐術が横行中です。
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