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◆「平和友の会」2011年4月号「世評裏表」原稿


福島原発事故に思う

           

安斎育郎
(安斎科学・平和事務所 所長
/国際平和ミュージアム 名誉館長)

                                                        

 私は1964年に東京大学工学部原子力工学科をその第1期生として卒業した。同期性が15人いたが、すでに2人は鬼籍に入った。この4月15日、幹事役から東京で同期会をやりたい旨の案内があった。私は、3月末に、なお見定めのつかない福島原発事故の実態に照らして「楽しく語らう気にはなれない」旨を伝え、会を延期するよう提案するとともに、「皆さん、事故収拾に知恵を貸して下さい」と訴えた。その理由は、「(皆さんは)保安院や政府に対しても私などよりずっと影響力があり、チャンネルもお持ちだろうと思うからです。私は政策批判の側に身を置いたので、所詮は犬の遠吠えのようなことしか出来ません。それはそれで続けるつもりですが、皆さんのお力でこの国の災厄を解決するために可能なチャンネルを活用して思うところをご提起いただきたく、不遜にも呼びかけた次第」と説明しました。

 やがて、原子力安全委員会委員長代理を務めた同期生から、原子力政策に関わってきた重要な人々16名の名において、3月30日付で政府に「福島原発事故についての緊急建言」を提出した旨が伝えられてきた。原子力安全委員長、日本原子力学会会長、放射線影響研究所理事長などを経験した錚々たる面々である。

その文書は、冒頭、「原子力の平和利用を先頭だって進めて来た者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします」とあり、「私達は、事故の発生当初から速やかな事故の終息を願いつつ、事故の推移を固唾を呑んで見守ってきた。しかし、事態は次々と悪化し、今日に至るも事故を終息させる見通しが得られていない状況である。既に、各原子炉や使用済燃料プールの燃料の多くは、破損あるいは溶融し、燃料内の膨大な放射性物質は、圧力容器や格納容器内に拡散・分布し、その一部は環境に放出され、現在も放出され続けている。特に懸念されることは、溶融炉心が時間とともに、圧力容器を溶かし、格納容器に移り、さらに格納容器の放射能の閉じ込め機能を破壊することや、圧力容器内で生成された大量の水素ガスの火災・爆発による格納容器の破壊などによる広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないことである」とある。非常に深刻な状況認識であり、事故対応に当たる人々が少なくともこの程度の緊張感を共有してもらいたいと感じた。そして、同建言は、やや専門的な内容に言及した後、「事態をこれ以上悪化させずに、当面の難局を乗り切り、長期的に危機を増大させないためには、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、関係省庁に加えて、日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所、産業界、大学等を結集し、我が国がもつ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的かつ戦略的な取組みが必須である。私達は、国を挙げた福島原発事故に対処する強力な体制を緊急に構築することを強く政府に求めるものである」と結んでいる。

 私とは立場を異にし、互いに理解を通じ合った面はあるにしても、政策遂行の場面では原子力政策を推進する側と批判する側に身を置いたが、私も含めて、この国の原子力政策に約半世紀も関わってきた同類であるに相違なく、立場を超えて、内心忸怩たるものを感じている。私としては、事故処理の当事者たちが事態を軽視することなく、こうしたまじめな建言にも率直に耳を傾けながら、即刻体制の強化を実行し、国民に対しては「隠すな、ウソつくな、意図的に過小評価するな」の3原則を厳しく守り、「最悪に備えて、最善を尽く」してもらいたいと感じている。

 環境に放出された放射性物質による放射線の影響については、測定データに基づいて放射線影響学的なコメントをすることは出来る。いやしくも「科学」である以上、原発に対する賛否の態度に関係なく3+5=8であるように、本来は誰が言っても変わらないものである。それが科学というものの特徴でもある。しかし、人々は、事故当事者が言うのか、原子力安全・保安院が言うのか、政府が言うのか、安斎育郎が言うのか、その情報の発信者によって「疑わしい」と感じたり、「隠しているに違いない」と反発したり、反応はいろいろだ。結局、同じ意味内容のことを発信しても、当該情報発信者の信頼性によって説得力には天と地ほどの差が出る。安斎育郎は、これまでは「立命館大学の安斎育郎」という肩書き付きの面があったが、4月からは「安斎科学・平和事務所」の所長としての新たな信頼性を人々と築いていかなければならない。発信しても信じてもらえないようなことにならないよう、裏返せば、発信したらそれが人々の行動規範として一目置かれるように努力を積み上げたい。

 

【参考資料】福島原発事故についての緊急建言

はじめに、原子力の平和利用を先頭だって進めて来た者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします。

私達は、事故の発生当初から速やかな事故の終息を願いつつ、事故の推移を固唾を呑んで見守ってきた。しかし、事態は次々と悪化し、今日に至るも事故を終息させる見通しが得られていない状況である。既に、各原子炉や使用済燃料プールの燃料の多くは、破損あるいは溶融し、燃料内の膨大な放射性物質は、圧力容器や格納容器内に拡散・分布し、その一部は環境に放出され、現在も放出され続けている。

特に懸念されることは、溶融炉心が時間とともに、圧力容器を溶かし、格納容器に移り、さらに格納容器の放射能の閉じ込め機能を破壊することや、圧力容器内で生成された大量の水素ガスの火災・爆発による格納容器の破壊などによる広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないことである。

こうした深刻な事態を回避するためには、一刻も早く電源と冷却システムを回復させ、原子炉や使用済燃料プールを継続して冷却する機能を回復させることが唯一の方法である。現場は、このために必死の努力を継続しているものと承知しているが、極めて高い放射線量による過酷な環境が障害になって、復旧作業が遅れ、現場作業者の被ばく線量の増加をもたらしている。

こうした中で、度重なる水素爆発、使用済燃料プールの水位低下、相次ぐ火災、作業者の被ばく事故、極めて高い放射能レベルのもつ冷却水の大量の漏洩、放射能分析データの誤りなど、次々と様々な障害が起り、本格的な冷却システムの回復の見通しが立たない状況にある。

 一方、環境に広く放出された放射能は、現時点で一般住民の健康に影響が及ぶレベルではないとは云え、既に国民生活や社会活動に大きな不安と影響を与えている。さらに、事故の終息については全く見通しがないとはいえ、住民避難に対する対策は極めて重要な課題であり、復帰も含めた放射線・放射能対策の検討も急ぐ必要がある。

 福島原発事故は極めて深刻な状況にある。更なる大量の放射能放出があれば避難地域にとどまらず、さらに広範な地域での生活が困難になることも予測され、一東京電力だけの事故でなく、既に国家的な事件というべき事態に直面している。

 当面なすべきことは、原子炉及び使用済核燃料プール内の燃料の冷却状況を安定させ、内部に蓄積されている大量の放射能を閉じ込めることであり、また、サイト内に漏出した放射能塵や高レベルの放射能水が環境に放散することを極力抑えることである。これを達成することは極めて困難な仕事であるが、これを達成できなければ事故の終息は覚束ない。

 さらに、原子炉内の核燃料、放射能の後始末は、極めて困難で、かつ極めて長期の取組みとなることから、当面の危機を乗り越えた後は、継続的な放射能の漏洩を防ぐための密閉管理が必要となる。ただし、この場合でも、原子炉内からは放射線分解によって水素ガスが出続けるので、万が一にも水素爆発を起こさない手立てが必要である。 

事態をこれ以上悪化させずに、当面の難局を乗り切り、長期的に危機を増大させないためには、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、関係省庁に加えて、日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所、産業界、大学等を結集し、我が国がもつ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的かつ戦略的な取組みが必須である。

私達は、国を挙げた福島原発事故に対処する強力な体制を緊急に構築することを強く政府に求めるものである。

平成23年3月30日

 

青木 芳朗   元原子力安全委員

石野 栞     東京大学名誉教授

木村 逸郎    京都大学名誉教授

齋藤 伸三   元原子力委員長代理、元日本原子力学会会長

佐藤 一男    元原子力安全委員長

柴田 徳思   学術会議連携会員、基礎医学・総合工学委員会合同 放射線の利用に伴う課題検討分科会委員長

住田 健二   元原子力安全委員会委員長代理、元日本原子力学会会長

関本 博     東京工業大学名誉教授

田中 俊一   前原子力委員会委員長代理、元日本原子力学会会長

長瀧 重信   元放射線影響研究所理事長

永宮 正治   学術会議会員、日本物理学会会長

成合 英樹   元日本原子力学会会長、前原子力安全基盤機構理事長

広瀬 崇子   前原子力委員、学術会議会員

松浦祥次郎   元原子力安全委員長

松原 純子   元原子力安全委員会委員長代理

諸葛 宗男   東京大学公共政策大学院特任教授

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