G
Global Network 21
グローバル・ネットワーク21
本文へジャンプ

2008年度春季シンポジウム
:『内からのグローバリゼーション:蒼い地球村再生のための行動計画』

(発表報告)

現代べトナムで考える民主主義−インターネットと民主化

                                                  

古田元夫

                 

 

1.現代ベトナムにおける民主主義

 

インターネットと新たな民主主義の可能性というテーマについて、ここではベトナムの現状を見ることで考えてみることにしたい。ベトナムでは共産党による一党支配体制が続いているが、ドイモイにともなう国民生活の向上は著しく、それとともに利害の多様化も見られるようになっている。ドイモイという目標に向かって国民の英知を結集しなければならないということから、 体制側も民主主義を発展の目標と掲げるようになっている。また国外における反共勢力の活動も、1980年頃までは武力による体制打倒を掲げていたが、今では民主化を要求するということで体制への揺さぶりをかけるという形に変わってきている。そこでベトナムでは民主化ということで、いろいろな思惑や運動が絡み合っているというのが現状ではないかと思う。

 

2.インターネットと民主化

 

インターネットと民主化ということで、実際ベトナムでどの程度インターネットが普及しているのかから見ていくことにしたい。

@ ベトナムにおけるインターネットの普及状況

ベトナムにおけるインターネットの普及状況は、2005年現在でプロバイダー契約件数が143万件(昨年比175%増加)で、インターネット利用者は534万人(人口比6.55%)となっている。現在ではこの数字はさらに大きく増えているものと思われる。

インターネットが普及するとともに、その利用に対する規制も行われている。例えば、国家に対する反対運動に利用しないこと、社会の安寧、秩序、安全を混乱させないこと、順風美俗に反する堕落した映像を伝えないことなどである。政府当局がもっとも深刻に規制を行っているのは、在外ベトナム人の反共サイトへのアクセスである。またアダルトサイトなども規制の対象となっている。

A 2006年4月ベトナム共産党大会の準備と国外の反共サイト

2004年秋から党大会への準備が本格化したが、この頃のベトナムはまだアジア金融危機の影響から完全には回復しておらず、そのなかで改革の停滞、汚職・腐敗の蔓延などに対する引退した高級幹部を含め、国内の改革派から危機感が表明されていた。2005年4月上旬には、引退した政治局員クラスの高級幹部40人から「政治報告概要」への意見を聴取する会議が招集され、この過程で提出されたヴォー・グエン・ザップ将軍やヴォー・ヴァン・キエット元首相などの意見書が海外のベトナム人反共団体のサイトで大々的に紹介された。これを転機に、反共サイトでは改革派の共産党幹部の意見書や国内の新聞雑誌の記事の紹介を行うようになった。さらに海外の反共サイトを含め、国内外のインターネット新聞の一覧表も登場した。

B 国内インターネット紙の活性化

海外反共サイトの報道姿勢の変化は国内のインターネット紙にも影響を与えることになる。2005年現在で、ベトナム国内には新聞・雑誌が600、インターネットコンテンツプロバイダーとインターネット新聞は50とされている。これは共産党自身一定の範囲で民主主義の発揮の必要を認識していることの現れとみなされるが、汚職の摘発とか社会性を発揮しないと読者を獲得できないという国内マスコミ市場の実情、さらには国外サイトとの競争を意識しての報道姿勢の変化なども関係している。

共産党では、党大会への中央委員会の政治報告草案を公表するとともに、2006年2月3日より在外ベトナム人を含め、党外からの意見も広く募集した。これにはインターネット紙も含めて、国内マスコミが積極的に対応した。

なかでも注目すべきは、ベトナムネット(VN.Net)の活躍である。そこでは元駐タイ、オーストラリア大使で首相の政策顧問のグエン・チュンの、今のベトナムは国際関係にも恵まれ、「黄金のチャンス」であるという意見を連続して掲載した。彼の意見によれば、指導者に染み付いた「敵に囲まれている」という意識から、このチャンスが生かされていないというもので、ベトナム発展最大の敵は自らの後進性と世界の変化を充分認識できないことであり、これを打破するには自由と民主の発揮、すなわち「第2のドイモイ」であると説いている。しかしベトナムの現状からして、安易に多党制・多元的政治システムを持ち込むことには反対している。さらにベトナムネットは、共産党機関紙に掲載された、共産党員が「搾取」に関わる私的資本主義の担い手となることを批判した元政治局員グエン・ドク・ビンの論文(2月23日)に対する情報学会会長グエン・クアン・アの批判(2月28日)を掲載している。

共産党による意見募集には多くの反応があったが、ここで明らかになったのはインターネット紙の優位性である。3月3日締め切り段階で、全体で2万通の反応があったが、ベトナムネットでは約1000通、そのうち300通がネット上で公開された。これはインターネットでは、さまざまな異見・異論を党員・非党員、国内居住者・国外在住者を問わず瞬時に見られるという利点の現れであろう。

こうした活発な意見の公開・交換が4月に行われた共産党大会の結果に影響を及ぼすことはなかったとしても、党大会そのものを活性化することになった。例えば、チュオン・ディン・トウエン商業相の民主主義に関する発言やヴー・クオック・フン中央監査委員会副主任の汚職に関する発言とか、予定原稿にない発言が飛び出すこともなった。その他、成長率をどの程度に設定するのか、共産党員が私企業の役員になってよいのかといった重要課題のテーマ別の評決とか、中央委員選挙でも大会会場での代議員推薦や自薦候補の登場など、新たな動きが見られた。

 

3.「基層レベルにおける民主制度規定」制定運動

 

ベトナムにおける民主化についてさらに重要だと思われるのが、農村部で行われている民主制度規定制定運動である。

@ 背景

ドイモイの一つの影響として注目されるのは、自作農の創出による社会主義的秩序の崩壊である。これに反応して、下からの動きとして、主として祭りなどの文化面ではあるが、村の規約である「郷約」を復活する動きが見られ、これは90年代の始め頃からは共産党も奨励するようになった。1997年北部タイビン省でおきた正式の税金以外の公共事業分担金の過大な負担と幹部の汚職腐敗をめぐる農民暴動を受け、1998年に共産党・政府は伝統的な村落共同体の復活をめざした「基層レベルにおける民主制度規定」を制定する運動に乗り出した。これは、農民からの「下からの民主化」を受けての共産党・政府による「上からの民主化」であるが、伝統的村落共同体の重要性を再認識した動きとして注目される。

A「基層レベルにおける民主制度規定」制定運動の内実

「基層レベルにおける民主制度規定」制定運動の基本となっているのは、農村の場合社(サー)と呼ばれる基層行政単位における財政収支の公開、公共事業の住民監査(負担を求める場合は投票)、部落・集落長などの選挙である。

B インターネットとの関わり

「基層レベルにおける民主制度規定」制定運動とインターネットとの関わりについては、まだその接点はできていない。というのは、インターネットは国内の反政府活動などには利用されても、現時点ではインターネットの農村部への普及は限定されているからである。

 

4.インターネットの可能性

 

インターネットは双方向のリアルタイム・コミュニケーションを可能にする技術であり、梅田望夫が『ウエブ時代を行く』で述べているように、「巨大な強者」より「小さな弱者」との親和性、人々の小さな努力、「善」なるものを集積する可能性、一部の人たちからすべての人々への解放、「個」の固有性の発見と増幅、多様な選択肢の拡大といった特色をもつ技術である。

こうした特色をもつインターネットという技術を背景に、アメリカや韓国ではマス・メディアに対抗的するオルタナティブ・メディアとして、あらゆる領域にわたって自分たちの意見、社会への異議申し立てを自由に表明する実験場として利用されてきている。そして遠藤薫が『インターネットと<世論>形成』で述べているように、アジア諸国においては、民主化運動の高まりとインターネット導入が時期的に重なり合ったため、市民側に立った言論、文化の場として、新興マス・メディアとネット空間は相互に親和的な関係を構築してきている。

こうした背景を踏まえて言えることは、インターネットの技術的側面と社会的側面の両方を考えていく必要があるのではないかということであろう。言い換えれば、「インターネットが強力な社会運動をつくりだす」のではなく、「強力な社会運動がインターネットの潜在的可能性を引き出す」ということではないかと思う。

 

 

   Copyright@GN21. All rights reserved.